![]() ギリシアの正式国名はギリシア共和国。東地中海にせり出したバルカン半島の南端、ペロポネソス半島を本土とし、周囲のイオニア海、エーゲ海に散在する多数の島々からなる国です。 総面積は日本の約3分の1、人口は1094万人、首都はアテネ、宗教はギリシア正教。 ここにヨーロッパ最古の文明、古代ギリシア文明が花開いたのです。 2004年8月、第28回のオリンピックが、五輪生誕の地ギリシャのアテネで開催されました。 大会のテーマは「五輪のふるさとへの回帰と人間賛歌」でした。このテーマから連想されるのは、もちろん15~16世紀の「ルネッサンス運動」、ギリシア・ローマの古代文化の復興です。 今日の西洋文明は、中世以来キりスト教会に支配されていた文明ですが、その根底には、人間中心のギリシア・ローマの古代文明が脈々と流れているのです。 私は60歳代半ば頃から、世界の古代文明に関心を持つようになり、古代ギリシア文明の遺跡が数多く残るギリシアは、是非訪れたい国の一つでした。
アテネ国立考古学博物館は、ギリシア各地で出土した彫刻や壁画などを展示する世界有数の博物館。とくにサントリーニ島のアクロティリ遺跡のフレスコ壁画と、数々のクーロス像(アルカイック期の青年裸像)が有名です。
アルテミシオンのゼウス (前460~450年頃 ブロンズ 高さ209cm) ![]() 1926年にエウボイヤ島のアルテミシオン岬沖の海底から、次の写真の「少年騎手」とともに発見されました。雷を投げる天界神ゼウスと解釈されています。 堂々たる体躯の造りや四肢の動きの見事な表現、ギリシア彫刻の最高傑作の一つです。 アルテミシオンの少年騎手 (前2世頃 ブロンズ) ![]() 飛び跳ねる馬の力と少年の激しい熱気が、力強く表現されています。 ディアデュメノス (ポリュクレイトス作 ローマン・コピー 大理石 高さ186cm) ![]() 勝利の鉢巻きディアデーマを結んでいるので「ディアデュメノス」と呼ばれる青年像。 原作は前430年頃、デロス島の商家の一軒に飾られていました。トロイの王子パリスを象ったものと解釈されています。 アンティキュテラの青年 (前350~325年頃 ブロンズ 高さ194cm) ![]() 1900年にアンティキュテラ島付近の海底から、海綿取りによって発見されました。 右手の指が何か球体をつかんで差し出す格好をしています。球技選手説もありますが、「パリスの審判」で、黄金の林檎をヘレネに与えるパリス説が有力です。 ヴァルヴァキオンのアテナ (フェイディアス作 ローマン・コピー 大理石 高さ105cm) ![]() パルテノン神殿はアテナ女神に献じられたもの。内部の聖域には、フェイディアスの作品である高さ12mのアテナ像が置かれていたといわれています。この原作は失われていますが、原作にかなり忠実なコピーが、このヴァルヴァキオンのアテナ像です。 アフロディテ群像 (前100年頃 デロス島出土 大理石 高さ129cm) ![]() 全裸で立つアフロディテが、彼女に言い寄るパーンを、右手に持つスリッパで叩き、はねつけています。アフロディテの左肩の上で、宙に浮かんでいるのは愛の神エロスで、パーンの右の角を握って押し返し、彼女の手助けをしている。 彫刻に残された銘文には、神々に奉納された像であること明記されています。いささか滑稽とも、不謹慎とも思えるこうした像が、どうして神に奉納されるのか、理解に苦しみます。 ヘゲソの墓碑 (前410~400年頃 大理石 高さ158cm) ![]() アテネのケラメイコス墓地から出土した墓碑。その破風の下框に「プロクセノスの娘ヘゲソ」と銘が刻まれています。 女奴隷が左に立って、宝石箱を女主人のヘゲソに差し出している。ヘゲソは箱の中から首飾りを取り出し、それを両手で玩んでいる。ヘゲソが奴隷を相手におめかしをしている生前の日常の一こまを描写したものです。 少女と両親の墓碑 (前4世紀頃 アテネ出土 大理石 高さ145cm) ![]() 前4世紀の墓碑のなかでも、その構図と表現において最も美しいものの一つ。 握手を交わす2人の女性のうち、椅子に座って相手を見詰めている方が母親で、立っている方が娘と考えられます。背後でやはり娘を凝視している男性は父親でしょう。 死者は母、娘いずれなのか。銘文を欠いているので、はっきりしませんが、娘の方が先立った者とするのが自然でしょう。
アクロポリスの丘の東南隅にある博物館。遺跡を損なわないよう一段低く掘り下げられて造られ、建物の上部だけが地上にのぞいています。
ここには、アクロポリスの発掘や建造物から見つかった彫刻が展示されています。 カリュアティド(女人像柱) (前421~406年頃 大理石 2.03m) ![]() カリュアディデの演壇にあったオリジナルの女人像は、1体が大英博物館に運ばれ、残りの五体は、アクロポリス博物館に収蔵されています。 子牛を担う人 (前560年頃 大理石 高さ165cm) ![]() 生贄に捧げられた子牛を運んでいる男の像。ガラス玉がはめこまれた目を持つ、彩色された像が素晴らしい。 ランパンの騎士 (前550年頃 大理石 高さ110m) ![]() この騎馬像は、大理石による等身大の彫刻としては最古の遺品。その顔には、えもいわれぬ微笑がたたえられています。なにかの競技会の優勝者の像でしょうか。 沈思のアテナ (前470年頃 大理石 高さ48cm) ![]() アテナ女神へ奉献された浮彫り版。女神自身が足下に立つ石柱をもの思わしげな面持ちで見詰める姿が描かれています。 この図柄の意味については、ペルシャ戦争の死者の名前を読む女神、あるいは石柱に記された神殿の財産目録に目を通す女神、などの説があります。 祭りの行列を見るオリュンポスの神々 (パルテノン神殿のフリーズ浮彫り) ![]() パルテノン神殿には、見事なイオニア式フリーズ(装飾壁)が施されていました。このフリーズ浮彫りは、女神アテナの大祭、パナテナイア祭の行列を見るオリュンポスの神々を表しています。 左からポセイドン、アポロン、アルテミス。アルテミスの右隣りに座るのがアフロディテ(剥落)、アフロディテの膝に寄りかかっているのはエロスです。 犠牲牛を引く人々 (パルテノン神殿のフリーズ浮彫り) ![]() この石板は、残存状態が良く、形式、内容ともに素晴らしい出来栄えの作品。マントに身体を包み、頭を垂れ、黙々と犠牲牛につき従っている若者と、前脚を宙に浮かせ、首をのけぞらしている牡牛、その静と動のコントラストが見事です。 水瓶を運ぶ4人の青年 (パルテノン神殿のフリーズ浮彫り) ![]() 水瓶の中には犠牲のための清めの水、あるいは奉納用の葡萄酒が入っていたと解釈されています。
展示品の中では、現在の地表面3~3.5mの深さのところから、一挙に14体が発掘された「アクロポリスの少女(コレー)たち」がとくに有名です。
「コレー」とは、女性着衣立像のことで、男性裸体立像「クーロス」と対の表現となっています。 ここでは、5体のコレーと1体のクーロスを紹介しましょう。 ペプロスのコレー (前530年頃 大理石 高さ117㎝) ![]() 117㎝ながら、「アクロポリスのコレーたち」を代表する作品。輝かんばかりの生気にあふれた少女の姿が表現されています。ペプロスというのは羊毛の衣装のこと。 この作品には、もともと色彩がつけられていて、今もところどころ色彩が残っています。 キオスのコレー (前520~510年頃 大理石 高さ55cm) ![]() この像を有名にしているのは、数あるコレーのなかで最も色彩をよく残している点です。少女らしいコケティッシュな微笑をたたえ、耳に大きな円形のイヤリングをつけています。頭髪はとくに入念に仕上げられています。 コレー680 (前520~510年頃 大理石 高さ115cm) ![]() コレーたちのなかで最も典型的な着付けをした一体。キトン(亜麻織りの薄い衣)の上に、右肩から左脇下にかけて、マントを袈裟懸けにしています。 この像の手の上にのせられた林檎(または柘榴)が、このようによく残っている例は他にはありません。 コレー674 (前500年頃 大理石 高さ92cm) ![]() この像の顔には、謎めいた表情があり、他の作品に見られない独特な魅力があります。眼に濃い顔料が残されているからでしょうか。 首が非常に長いのも特徴的です。 エウデュディコスのコレー (前490年頃 大理石 高さ54.5㎝) ![]() 奉献者の銘があることからこの名がつけられています。薄衣の下に透けて見えるメリハリの利いた力強い肉体と厳しい表情が特徴。 クリティオスの少年 (前490~480年頃 大理石 高さ86cm) ![]() クリティオスの作と考えられ、この名がつけられています。胴体と頭部が別々に発見され、つなぎ合わされました。 競技で優勝した少年像と考えられています。
ケルキラ島(別称コルフ島)は、ギリシア本土の西側最北にあります。藍色の海と変化に富んだ海岸線、温暖な気候と緑に覆われた肥沃な土地で魅力のある島です。
また、ケルキラ島は長年にわたって、諸外国(フランスとイギリス、しかし何といってもヴェネツィア)の支配を受けてきたためヨーロッパの香りの漂う島です。 ケルキラ市 旧市街の町並み ![]() ケルキラ島の中心地ケルキラ市は、かつてヴェネツィアなどの外国の統治下にあったため、街並みにもその影響が残っています。 ケルキラ市 旧市街の町並み ![]() 高い鐘楼は聖スピリドナス教会のもの。 アーケード街 ![]() 撮影したのは早朝なので、人出は少ない。レストラン、ティー・ルーム、書店などが入ったアーケード街。パリのリヴォリ街から着想を得て建てられたといわれています。 夕焼けに映える古城塞 ![]() 古城塞は、ケルキラ市の東端にある岬で、昔ながらの景観を残している場所。 神殿の形をした建物は聖イヨルイヨス教会で、いかにもギリシアの教会らしい。 旧市街の家並み ![]() 私たちの宿泊したホテルの屋上は、絶好の展望台でした。ケルキラ旧市街の家並み。 アルバニア遠望 ![]() ホテルの屋上からは、海を隔てた遠方にアルバニアの陸地が望めます。 カノニの高台からの眺望 ![]() ケルキラ岬の南端、カノニの高台からの眺めは素晴らしい。 手前の島がウラヘルナ島、その奥の島がポンディコニシ(ねずみ)島。それぞれの島に修道院が建っています。 パレオカストリツァ湾の展望 ![]() ケルキラ島の西部海岸は、人気の高い海浜リゾート地。高台からは素晴らしい鳥瞰的風景が望めます。 修道院の鐘塔 ![]() パレオカストリツァ湾に突き出た岬に建てられたパレオカストリツァ修道院の美しい鐘楼。
メテオラとは、ギリシア中部、テッサリア地方の西端に屹立する岩塊群と、それらの頂に築かれたギリシア正教の修道院の総称。
その景観は、まさに世界の奇観といってよいでしょう。 ヴァルラアム修道院 ![]() メテオラとは、「空中に浮かんでいる」という意味。20世紀になって階段や橋が設けられるまでは修道院に近づく道はなく、滑車や縄梯子を利用して断崖を登っていたといいます。 それにしても、最初の人はどのようにして登ったのでしょうか。 アギオス・ステファノス修道院 ![]() 現在は尼僧院で、14世紀後半に創建されました。 ルサヌウ修道院 ![]() 14世紀に創建された、細い岩峰上の小さな修道院。高い断崖の上からの眺めは、雄大でもあり、幻想的でもありました。 奇岩展望 ![]() 奇岩展望 ![]() 信じられないような巨大な岩山。その麓にメテオラの村が広がっています。
アテネから170kmほど北西に行ったフォキス地方の山の中の遺跡。
古代ギリシア人は、デルフィを世界の“へそ”と呼び、世界の中心と考えました。そこに、アポロン神殿や宝庫、劇場や競技場など多くの建築物を建てたのです。 予言の神アポロンを守護神とし、その託宣には絶大な信頼が寄せられていたため、各地からの参拝人を集めて隆盛を極めたといわれています。 世界文化遺産 デルフィの遺跡・・・1987年登録 ファイドリアデスの岩壁 ![]() デルフィの聖域の真後ろには、これを取り囲むようにファイドリアデス(輝く岩)と呼ばれる250mから300mにも達する岩壁が屹立していて、これを仰ぎ見る者に畏敬の念を与えます。 アポロン神殿の跡 ![]() アポロン神殿は、デルフィの聖域で最も重要な建物。今は赤茶けた石灰岩の6本の円柱と基盤のみが残っている。 円形劇場の跡 ![]() 古代劇場のなかでもよく保存されているものの一つ。収容人員は約5千人。 客席からの景観は素晴らしい。 イオニア式柱頭 ![]() アポロン神殿に登る聖道の脇に、美しいイオニア式柱頭が置かれていました。それを見つめる夫婦らしい男女の古風な服装が面白い。 勝利の女神ニケ像 ![]() アポロン神殿正面の屋根のコーナーを飾っていた、翼をもった勝利の女神ニケ像。 デリフィ博物館の展示品。
アテネのアクロポリスの丘には、世界文化遺産にも登録された遺跡群があります。
アクロポリスは西側を除く三方が断崖絶壁の要害の地です。したがって、アクロポリスへの入場は、西側のプロピュライア(前門)からということになります。 アグリッパの記念碑台座 ![]() 先ずは、前門の前でアグリッパの記念台座を見上げることになります。 パルテノン神殿 ![]() いよいよ、ギリシア古典文化の華であり、現代ギリシアのシンボルでもあるパルテノン神殿です。アテネの守護神アテナ・パルテノス(処女神アテナ)に捧げられたのでパルテノン神殿と呼ばれます。 エレクティオン神殿 ![]() アテナ女神、ポセイドン神、伝説上のアテネ王エレクテウスなどを祀った複合神殿。 カリュアティデスの演壇 ![]() エレクティオン神殿の南側にある演壇には、6体の女人像柱(カリュアティド)が立っています。これらの女人像は、襞の美しいトゥーニック(女性用上着)をまとい、頭部で梁を支えています。 アクロポリスからの眺望 ![]() アクロポリスからは、アテネ市街の素晴らしい展望を眺めることが出来ます。市内の真ん中にそびえているのは、、高さ295mの岩山であるリカヴィトスの丘。 アクロポリスからの眺望 ![]() 古代アゴラの遺跡を見下ろしたもの。白亜の神殿は、鍛冶屋や金物細工師の神ヘファイストを祀ったヘファイスト神殿。
ギリシアの首都アテネ。約2500年前、古代ギリシアの盟主として繁栄し、今なお市内のいたるところで、栄光の歴史の跡を見ることが出来ます。
なかでも、アクロポリスの丘に建つパルテノン神殿は、アテネのみならずギリシアのシンボルとなっている遺跡です。 アクロポリスの丘(標高156m)は、アテネのどこからでも見えるが、どこから眺めたとき一番美しいのだろう。 私はこの質問に答えるべく、アテネの5つの場所からアクロポリスの丘を撮影しました。 皆さんはどのアクロポリスを最も美しいと思われますか。 ① 古代アゴラから眺めたアクロポリス ![]() ② フィロパポスの丘から眺めたアクロポリス ![]() ③ プニュクスの丘から眺めたアクロポリス ![]() ④ アレイオス・パゴスの丘から眺めたアクロポリス ![]() ⑤ リガヴィトス山から眺めたアクロポリス ![]() < 前のページ次のページ >
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Y-SAKAI(73歳) 趣味・・・写真、音楽鑑賞、旅行 私は3年前から海外旅行の写真を展示するホームページ、「旅のPhoto Gallery」を作成しております。 このブログ「旅のPhoto GalleryⅡ」は、そのホームページを補完するするものとして作成しています。 また、国内旅行の写真を展示するブログ、「楽々フォト日記」も作成しています。 皆さんには、是非、下記のサイトにもお訪ね下さい。(クリックして下さい) 旅のPhoto Gallery 楽々フォト日記 お気に入りブログ
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